04


警戒されているのだろう。猫の姿に戻らないニャンコ先生に、夜のリクオは腕の中から夏目を下ろした。

「立てるか?」

「あっ、はい」

しっかりと地面に立ったのを確認してリクオは離れる。

「あのっ、…助けてくれてありがとうございます」

「…昼の頼みだからな」

《ありがとう、夜。一旦ここから離れよう》

「……待て」

そのままこの場を去ろうとしたリクオは、ドロンと煙を上げて猫の姿に戻ったニャンコ先生に引き留められた。

「先生?」

「お前、先程夏目が話をしていた人間と同じ匂いがするな」

ちょこちょこと短い足で夏目の隣へ移動し、ニャンコ先生はジッとリクオを見てくる。まるで全てを見透かすようなその眼差しに夜のリクオが呟く。

「昼。どうする?」

《どうって…。仕方ないか。僕達だけ黙ってるっていうのも何か気が引けるし》

すぅっと長髪が短くなり、銀から栗色へ。金の鋭い瞳が、穏やかな茶色い瞳へと戻る。

「リクオくん!?」

「やはりな。お主、半妖か」

人間の姿に戻ったリクオは、ニャンコ先生の言葉に、それに近い感じかなと返した。



◇◆◇



それから森の中はやめようと、妖の近寄れない寺の境内へと場所を移した。

そこでリクオは何しにこの町に来たのかを簡単に話す。

「ほほぅ、私も随分と有名になったもんだ」

妖怪探しの話をするとニャンコ先生は満更でもない様子で、夏目が嫌そうにため息を吐いた。

「何が有名だ。今日の妖といい先生が厄介事を増やしてるんじゃないだろうな」

「なにっ、私はお前の用心棒だぞ!自ら仕事を増やそうとは思わん!ま、その内誰かがぱっくりいってくれたらラッキーだとは思わんでも無いが」

ゴスッと夏目の容赦ない拳がニャンコ先生の頭に落ちた。

どうやらこれが彼らの日常らしい。

リクオは苦笑して境内から立ち上がる。

《もう良いのか?》

「うん。…夏目さん、ニャンコ先生。僕、そろそろ行かなくちゃ。友達がまだ森の中にいるみたいだし」

リクオが声をかければ一人と一匹はじゃれあいを止めてリクオを見る。

「それから、…僕は白い妖には会わなかった。僕は夏目さんと夏目さんの飼ってるニャンコ先生には会ったけどね」

ふわりと笑って言えば、夏目も境内から腰を上げ、リクオを見てふっと優しく笑う。

「…そう、だね。俺もリクオくんには会ったけど、それだけだ」

境内に座るニャンコ先生がチラリと夏目に一瞬視線を投げるも、何も言わず元に戻す。

「それじゃぁ、僕はこれで」

「あぁ…」

ぺこりと軽く頭を下げ、リクオは去っていく。
その姿が見えなくなってから夏目も家に帰ろうと踵を返し、

「夏目?」

声を掛けられた。

「…田沼」

振り返ればそこには友人の田沼がいて、不思議そうに夏目を見ていた。

「どうした?また何かあったのか?」

「いや、田沼こそどうして…」

「どうしてって、ここ俺ん家だし」

「あぁ、そっか」

「来たならちょっと寄っていけよ」

そう誘われて、夏目の足は自然と田沼の元に向かう。

ニャンコ先生はいつの間にか姿を消していて。

境内には暑い夏の陽射しと、ミンミンと鳴く蝉の声が残された。







その後、リクオは森の中で清継達と合流し、何だか一人悔しがる清継に首を傾げた。

「ねぇ、カナちゃん。清継くんどうしたの?」

「それがね…」

清継が行方不明になっている間に目的の妖怪を他の皆が見たと言う話をしたらこうなったと、地団駄を踏むを清継を指しながらカナは説明してくれた。

「あー…、ははは」

それはしょうがないね。

リクオは苦笑するしかない。

それにしても清継くんはどれだけ妖怪運がないんだろう?

《ククッ、やっぱりアイツはおもしれぇな》

「夜…」

何だか明日こそは!と叫んでいる清継に同情したくなってくる。

ぞろぞろと夕方には宿に戻り、次の日は森に入ることもなく、近所で開催されるという夏祭りに気をとられた。



◇◆◇



蒸し暑い夜、舗装された道路の上をカラコロと下駄が鳴る。

その肩に丸々とした猫を乗せ。

「イカ焼き♪イカ焼き♪」

「分かったから。もう、うるさいぞニャンコ」

夏目は着なれぬ着物に身を包んで、待ち合わせ場所に向かう。

「田沼とタキ、もう来てるかな」

その向かいから、賑やかな一団がやって来る。

「体調良くなって良かったっす、及川さん」

「えぇ、ありがとう」

「お店いっぱいあったねー」

「うん。浴衣持ってこれば良かったかも」

「はー、夏祭りとか、清継もたまには良いとこあるじゃん」

「僕はそれよりも妖怪に会いたい…」

夏祭りの帰り道、リクオは一番後ろを歩きながら夜空を見上げる。

昼間の熱を残しながら、きらきらと輝きを放つ星。

ふと視線を感じて、空から目線を下ろせば絡まる視線。リクオはゆるりと表情を緩めた。

「こんばんは。夏祭りですか?」

「こんばんは。…そっちは、帰りか?」

「はい。楽しかったですよ」

「そうか…」

足を止めず軽く挨拶を交わして擦れ違う。
カラコロと遠ざかる下駄の音。屋台の甘い匂いと人々の声。

「若、今の誰ですか?知り合いですか?」

そのやりとりに気付いたつららがすすすっと側に寄って来て小声で聞いてくる。

「ん〜、昼間に少し。その時親切にしてもらって」

知り合いと言うには短すぎて、顔見知りと言うにもどこか違う。

それは名をつける様な関係でもなく。曖昧なまま。

「よく、分かんないや」

「え?若?」

「でも、良い人だよ。ニャンコも面白いし」

意味が分からず首を傾げるつららに、リクオは苦笑を浮かべる。

つららには悪いけど、僕も良く分からないんだ。

《それで良いんじゃねぇか。曖昧なままでも。無理に名前をつける必要はねぇさ》

昼の心を読んだかの様に機嫌良く夜が言う。

そうだねとリクオは口の中で呟き、宿への道をゆっくりと進んだ。



end



*2011年七夕フリー小説として配布。配布は終了しました。

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